カドナビ 新刊ブックレビュー

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西田亮介『メディアと自民党』

「イメージ戦」が加速する
現代の日本政治

【自評】西田亮介

書籍データ
メディアと自民党
西田亮介
角川新書本体800円+税

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 筆者の好きな言葉に「情と理」というものがある。名官房長官として知られた故・後藤田正晴の回顧録のタイトルだ。氏の政治観を端的に表した言葉だが、政治の本質をよく表現していると筆者は考えている。

 現在、「情」の政治、すなわち印象戦は活発化している。
 二〇一五年八月から九月にかけて、安保法制を巡って活発にデモが繰り広げられ、新たな「政治の季節」の息吹を感じさせた。国会前を筆頭に、全国で反対デモが活発化した。全共闘や学生運動の記憶をもつ年長世代にとっては懐かしく、若年世代にとっては物珍しい光景だろう。

 本人たちは否定するかもしれないが、この運動のアイコンとなっているのは、若者が中心となって構成されたSEALDs(Students Emergency Action for Liberal Democracy-s: 自由と民主主義のための学生緊急行動)である。SEALDsの奥田愛基氏は九月一五日に開催された参院平和安全法制特別委員会中央公聴会では、堂々と政治家たちを前に安保法案への反対を主張した。

 彼らはお洒落で、インターネットやソーシャルメディア、動画配信といった手法を活用する。それだけではない。マスコミや既存政党、政治団体のリソースやノウハウも巧みに活用しているようだ。野党もまた、これまで政治における若年世代の強い意見表明が乏しかったことから、追い風に利用したいと、意見表明では呉越同舟で手を握るなど、その恩恵にあずかろうとしている。

 SEALDsが従来の革新勢力と異なるのと同等か、あるいはそれ以上に、対峙する安倍内閣もまたかつての自民党政治から変容している。
 小泉内閣のもとで党と政府の要職を経験し、第一次安倍内閣の失敗を乗り越えて復活した第三次安倍内閣は、政治技術に、そしてメディア技術に長けている。メディアの統制や、世論を刺激するポイントも巧みなもので、数多のスキャンダルや失敗もうまくかわしてきた。

 むろん、安倍内閣や自民党によるメディア対応には、時に露骨なものもあり、そのたびに野党側やその支持者から「政治による圧力」という言葉での批判の声が多く聞かれた。

 だが、筆者はメディアと政治に対する感情的態度こそが陥穽と捉えており、そのような批判だけをしていても何も問題は解決しないと考えている。そもそもメディアをコントロールし、自分たちの都合のよい意見を届けたいというのは、政党や政治家、官僚たちにとっては、至極当然の欲求であるからだ。

 それでは、なぜ現状では、メディアが自民党に対し隷従≠オているように見えるのか。筆者はそのような問題意識から『メディアと自民党』を執筆した。本書では小選挙区制の導入やネットの普及により、五五年体制で続いてきた政治とメディアの「慣れ親しみ」が失われたことを明らかにしたうえで、メディア戦略を磨いてきた自民党と、政治への新たな対抗策がないままのマスメディアという構図を描いている。現代のメディアと政治を巡る問題の本質を考える上で、ぜひお目通しいただきたい。

 安保法制は成立したが、多くの有権者にとっては「よくわからないまま決まってしまった」というところが本音ではないか。マスメディアで散見される議論が両陣営ともやや抽象的な水準に留まっていた感は否めない。そして「説明不足」は必ずしも政権だけに向けられた言葉ではない。国民が賛否を表明する上での理解が不足していたとすれば、それは情報を届けるメディアが省みるべきことでもあるだろう。

「イメージ戦」が加速する現代の日本政治において、いかにして、「理」のゲームを復活させるのか。
 メディア、そして有権者に、課題が突きつけられている。

にしだりょうすけ・東京工業大学准教授

「本の旅人」2015年11月号より転載
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