- ISBNコード
- 9784044001841
- レーベル
- 角川ソフィア文庫
- 商品形態
- 文庫
- サイズ
- 文庫判
- 商品寸法(横/縦/束幅)
- 105 × 149 × 7.0 mm
- 総ページ数
- 176ページ
西田哲学のエッセンスを永井流に丁寧に考察、あらたな付論を加えた文庫新版
私の底に汝があり、汝の底に私がある――。「私」と「汝」がともに「彼」に変容することが、言語の成立ということなのだ。西田哲学を他の哲学論と丁寧に比較、論じながら独自の永井哲学を展開。さらに文庫版付論・時計の成立「死ぬことによって生まれる今と生まれることによって死ぬ今」で、マクタガートの「時間の非実在性」の概念を介在させ、考察を深めた。無と有、生と死の本質にせまる圧倒的な哲学書。NHK出版『シリーズ・哲学のエッセンス 西田幾多郎<絶対無>とは何か』に新しく付論を加えて文庫化。
目次
はじめに
第一章 純粋経験──思う、ゆえに、思いあり
1 長いトンネルを抜けると──主客未分の経験
無私の視点
日本語的把握と英語的把握
2 知即行──真理と意志は合致する
意志はどう捉えられるか
知識・倫理・宗教──主客の合一としての
3 デカルト vs. 西田幾多郎
観念論的要素を取り去れば
「われ思う、ゆえに、われあり」の第一の二義性
「われ思う、ゆえに、われあり」の第二の二義性
西田はデカルトの何を拒否したのか
第二章 場所──〈絶対無〉はどこにあるのか
1 言語哲学者としての西田
確信犯ウィトゲンシュタインとの対決
2 自覚──「私を知る」とはどういうことか
「英国に居て完全なる英国の地図を」
私に於いて私を知る
3 場所としての私
「私」は主格ではありえない!
私は存在しないことによって存在する
4 場所的論理──西田論理学の展開
「がある」と「である」
真の個物とは何か──超越的主語面と超越的述語面
場所の自己限定のプロセス
5 絶対無
無の場所としての意識
自覚において有は無化され、言語において無は有化される
第三章 私と汝──私は殺されることによって生まれる
1 思想の体系化
2 田辺元の西田批判
種の論理と場所の論理
「西田先生の教を仰ぐ」
西田と田辺の対立の意味
3 存在する私への死
私と汝は絶対に他なるものである
汝は神のごとく私の底から働く
私は主格となり、一個の自我となる
西田幾多郎小伝
読書案内
あとがき
文庫版付論 時計の成立
──死ぬことによって生まれる今と、生まれることによって死ぬ今
第一章 純粋経験──思う、ゆえに、思いあり
1 長いトンネルを抜けると──主客未分の経験
無私の視点
日本語的把握と英語的把握
2 知即行──真理と意志は合致する
意志はどう捉えられるか
知識・倫理・宗教──主客の合一としての
3 デカルト vs. 西田幾多郎
観念論的要素を取り去れば
「われ思う、ゆえに、われあり」の第一の二義性
「われ思う、ゆえに、われあり」の第二の二義性
西田はデカルトの何を拒否したのか
第二章 場所──〈絶対無〉はどこにあるのか
1 言語哲学者としての西田
確信犯ウィトゲンシュタインとの対決
2 自覚──「私を知る」とはどういうことか
「英国に居て完全なる英国の地図を」
私に於いて私を知る
3 場所としての私
「私」は主格ではありえない!
私は存在しないことによって存在する
4 場所的論理──西田論理学の展開
「がある」と「である」
真の個物とは何か──超越的主語面と超越的述語面
場所の自己限定のプロセス
5 絶対無
無の場所としての意識
自覚において有は無化され、言語において無は有化される
第三章 私と汝──私は殺されることによって生まれる
1 思想の体系化
2 田辺元の西田批判
種の論理と場所の論理
「西田先生の教を仰ぐ」
西田と田辺の対立の意味
3 存在する私への死
私と汝は絶対に他なるものである
汝は神のごとく私の底から働く
私は主格となり、一個の自我となる
西田幾多郎小伝
読書案内
あとがき
文庫版付論 時計の成立
──死ぬことによって生まれる今と、生まれることによって死ぬ今