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西田幾多郎 言語、貨幣、時計の成立の謎へ

著者: 永井 均
836円(税込)
発売日2018年11月22日

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  • ISBN コード : 9784044001841
  • サイズ :文庫判    総ページ数: 176
  • 商品寸法(横/縦/束幅): 105 × 149 × 7.0 mm
  • ※総ページ数、商品寸法は実際と異なる場合があります

西田哲学のエッセンスを永井流に丁寧に考察、あらたな付論を加えた文庫新版

私の底に汝があり、汝の底に私がある――。「私」と「汝」がともに「彼」に変容することが、言語の成立ということなのだ。西田哲学を他の哲学論と丁寧に比較、論じながら独自の永井哲学を展開。さらに文庫版付論・時計の成立「死ぬことによって生まれる今と生まれることによって死ぬ今」で、マクタガートの「時間の非実在性」の概念を介在させ、考察を深めた。無と有、生と死の本質にせまる圧倒的な哲学書。NHK出版『シリーズ・哲学のエッセンス 西田幾多郎<絶対無>とは何か』に新しく付論を加えて文庫化。

著訳者プロフィール

●永井 均:1951年生まれ。慶應大学大学院文学研究科博士課程単位取得。日本大学教授。専攻は、哲学、倫理学。著書に、『転校生とブラックジャック』『改訂版 なぜ意識は実在しないのか(以上、岩波現代文庫)、『翔太と猫のインサイトの夏休み』(ちくま学芸文庫)、『〈子ども〉のための哲学』『これがニーチェだ』『私・今・そして神』(以上、講談社現代新書)、『存在と時間――哲学探究1』(文藝春秋)、『世界の独在論的存在構造』(春秋社)など多数。訳書に、マクタガート『時間の非実在性』(講談社学術文庫)などがある。

目次

はじめに


第一章 純粋経験──思う、ゆえに、思いあり

1 長いトンネルを抜けると──主客未分の経験
無私の視点
日本語的把握と英語的把握

2 知即行──真理と意志は合致する
意志はどう捉えられるか
知識・倫理・宗教──主客の合一としての

3 デカルト vs. 西田幾多郎
観念論的要素を取り去れば
「われ思う、ゆえに、われあり」の第一の二義性
「われ思う、ゆえに、われあり」の第二の二義性
西田はデカルトの何を拒否したのか

第二章 場所──〈絶対無〉はどこにあるのか

1 言語哲学者としての西田
確信犯ウィトゲンシュタインとの対決

2 自覚──「私を知る」とはどういうことか
「英国に居て完全なる英国の地図を」
私に於いて私を知る

3 場所としての私
「私」は主格ではありえない!
私は存在しないことによって存在する

4 場所的論理──西田論理学の展開
「がある」と「である」
真の個物とは何か──超越的主語面と超越的述語面
場所の自己限定のプロセス

5 絶対無
無の場所としての意識
自覚において有は無化され、言語において無は有化される

第三章 私と汝──私は殺されることによって生まれる

1 思想の体系化

2 田辺元の西田批判
種の論理と場所の論理
「西田先生の教を仰ぐ」
西田と田辺の対立の意味

3 存在する私への死
私と汝は絶対に他なるものである
汝は神のごとく私の底から働く
私は主格となり、一個の自我となる
西田幾多郎小伝
読書案内
あとがき
文庫版付論 時計の成立
──死ぬことによって生まれる今と、生まれることによって死ぬ今