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初野 晴『惑星カロン』

青春の終わりと大人の始まりを繋ぐミステリ

【評】吉田大助

書籍データ
惑星カロン
初野 晴
KADOKAWA本体1800円+税

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 目次を見れば、これまでとはちょっと雰囲気が違うと分かる。本編全四章にすべて、サブタイトルが付いている。「呪いの正体」「音楽暗号」「学園密室?」「人物消失」。この語感からも明らかだ。これまで以上にまっすぐに、本格ミステリというジャンルに立ち向かっている。前作からおよそ三年半を経てついに刊行された、初野晴の青春ミステリ〈ハルチカ〉シリーズの最新第五作『惑星カロン』の話だ。

 時間軸を確認しよう。体育会系女子のチカと美形で乙女男子な幼なじみのハルタが、廃部寸前の弱小吹奏楽部の扉を叩いたのは高校一年の春だ。顧問である草壁先生の指導のもと、仲間たちとともに汗を流した高校二年の夏、静岡県代表として東海大会出場を決めた。その直後、秋の文化祭を題材にしたのが前作『千年ジュリエット』。

 ワトソン役のチカ&ホームズ役のハルタが、学内に潜む楽器経験者の噂を聞きつけ、彼や彼女が抱える「謎」を「解決」することで入部の約束を取り付けていく。「謎」とは悲しみだ、「解決」とは共に寄り添う姿勢だ――そんなRPG的な仲間集めのフェーズは、少し前に幕を閉じた。本作のチカとハルタは、部員の人数が増えて後輩もでき、引退後のことも視野に入れるようになっている。「青春の終わり」の時限装置の存在を痛いほどに知りながら、今しかないこの時間を熱く、全力で過ごす。この二重視点こそ、青春小説の真髄だ。つまり本作は、本格ミステリの部分だけではなく、青春小説としても一段ギアを上げている。

 と、ついつい大上段に振りかぶってしまったが、読み始めはいつも通りのどかだ。第一編「チェリーニの祝宴―呪いの正体―」の謎が生まれたきっかけは、フルート奏者としての腕前を上げたいと願うチカが、道具に頼ろうとし始めたこと。ワケありでもいい、安ければいい。やがてハルタと共に、シャッター商店街の端っこにある楽器店に辿り着く。店主が差し出したのは、総銀仕様で不思議な模様が刻まれた「呪われたフルート」。代々の持ち主はみなアクシデントにみまわれたことがきっかけで、このフルートを手放していた。期間限定で借り受けたチカもまた、なんだか雰囲気が変わってきて……。謎解きの切れ味も鋭いが、ボケツッコミの利いた登場人物達のかけあいがもう、楽しくてたまらない。

 暗号ミステリを音楽ネタでくるんだ第二編「ヴァルプルギスの夜―音楽暗号―」、密室ミステリのイメージを百八十度転換させた第三編「理由ありの旧校舎―学園密室?―」を経て、第四編「惑星カロン―人物消失―」はあえてジャンル分けするならば……SFミステリか。なぜならサイエンスの知見を元に、ど真ん中に据え置かれた謎は、「人間とは何か?」だから。

 振り返ってみれば、第三作『空想オルガン』のラスト一編が、本シリーズにとって最も大きな転換点だったのかもしれない。大人の視点人物が登場し、大人の悲しみのドラマが語られるようになったからだ。その後、女スナフキンみたいな鍵盤ハーモニカ奏者・山辺コーチが登場。本作ではハルタの年の離れた三人の姉もお披露目された。そして、国際的な指揮者として将来を嘱望されながら、表舞台から姿を消し高校教師になった草壁先生のドラマにぐっと焦点が当てられることとなった。
「青春の終わり」は、「大人の始まり」に繋がっている。その真実を、悩める大人たちのドラマを物語ることによって、登場人物に突きつける。読者に突きつける。シリーズ最新作となる本作で試みられているのは、そのことだ。あえて言おう。青春小説とは、大人のためにあるのだ。「青春の終わり」と表裏一体の関係にある「大人の始まり」を見つめることで、大人は自分自身の人生を、新たに始め直すことができる。

 残り一年のラストチャンスに賭けて、吹奏楽の甲子園=普門館出場を目指す物語はこれからも続く。次回作も楽しみだが、ただ膝を抱えて待つつもりはない。このシリーズを、特にこの一作を、何度も何度も読み返したい。

よしだだいすけ・書評家

「本の旅人」2015年10月号より転載
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