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白井智之『東京結合人間』

アンモラルにしてロジカル、異形の謎解き

【評】千街晶之

書籍データ
東京結合人間
白井智之
KADOKAWA本体1600円+税

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『体育館の殺人』の青崎有吾、『烏に単は似合わない』の阿部智里、『サナキの森』の彩藤アザミなど、ミステリ界でも平成生まれの若い作家が活躍する時代になってきたが、個性派揃いの中で特にアクの強い作風なのは白井智之だろう。

 第三十四回横溝正史ミステリ大賞候補作『人間の顔は食べづらい』は、受賞こそ逸したものの、選考委員のうち有栖川有栖と道尾秀介の推挽により刊行の運びとなったのだが、食用クローン人間が普及した近未来という異形の舞台設定と、アンモラルそのものの登場人物の言動は、さながら平山夢明か飴村行かといった趣があり、選考委員の評価が割れたのもむべなるかなと思わせる。しかも、そういった要素とは本来ならミスマッチな筈のロジカルな謎解きまでそこに融合させた点は、明らかに他の作家にはない著者独自の個性だ。

 さて、待望の第二作のタイトルは『東京結合人間』。編集部から届いた内容紹介により「男と女が互いの身体を〝結合〟させ〝結合人間〟となる特殊な生殖方法を行う」世界が舞台らしいと知って、私が連想したのは山田風太郎の短篇「剣鬼喇嘛仏」だった。宮本武蔵との剣術対決を望んで大坂城へ向かおうとする細川家の息子と、細川家お抱えのくノ一が、忍びの秘術によって交合したまま離れない体となり、その状態でずっと大坂への道中を続ける……という奇想天外な歴史小説だ。『東京結合人間』に出てくる「結合人間」なるものも、要するにそのように合体したままになった男女のことだろう……などと予想していたのだが、甘かった! 遥かにとんでもない発想だったのである。

 まず、プロローグの一ページ目からして、何が起こっているのかと呆然とさせられること必至である。ある男女の性的行為が描かれているのだが、「え、手首を挿入するの?」「というか頭も入れちゃうの?」と仰天しているうちに、いつのまにやら腕が四本、脚も四本の「結合人間」が誕生している。本書の舞台となる世界では人間に生殖器が存在せず、女が男の肛門に頭を突っ込み、両者が合体した「結合人間」と化すことでやっと出産が可能となるのだ。しかし、この結合法には実は問題点もある(問題点しかない、という気もするが)。上手く行かなかった場合、嘘がつけない人間が生まれることもあるというのだ。これを「オネストマン」と呼ぶ。

 プロローグであるオネストマンの誕生を描いたあと、本書の前半部「少女を売る」では、前作を上回るアンモラル極まる物語が繰り広げられる。少女を誘拐して売ったり殺害したり、暴虐の限りを尽くす三人組。そんな彼らが悪事から足を洗うにあたって、思いついたのは何故か映画の撮影。七人のオネストマンを出演者として募集し、男女七人の共同生活を描いた人気番組「つぼみハウス」(どこかで聞いたような……)のオネストマン版を撮ろうとしたのだが――。

 あまりに無軌道な展開に読者がそろそろ不安になってきた頃、後半部「正直者の島」に突入し、物語は本格ミステリへと転調する。ある孤島に辿りついた七人のオネストマンを待ち受けていたのは不可解な連続殺人事件。嘘をつけないオネストマンばかりの島なのだから、お前が犯人かと訊けばすぐに自白する筈だ。にもかかわらず、島にいる人間全員が犯行を否定する。では犯人は?

 この孤島パートは、前作でも見られた論理癖が炸裂しており、ああでもなければこうでもないという推理のスクラップ・アンド・ビルドを思う存分楽しめる。誰が真の探偵役なのか最後までわからない点も、スリリングさを増していると言えよう。前作を読んで、同様に異形の謎解きを期待していた読者が裏切られることはない筈であり、この路線で著者がどこまで突っ走るのか、ますます目が離せなくなった。

せんがいあきゆき・ミステリ評論家

「本の旅人」2015年10月号より転載
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