カドナビ 新刊ブックレビュー

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樹林 伸『ドクター・ホワイト』

天才を描く天才が新たに描いた天才の物語

【評】村上貴史

書籍データ
ドクター・ホワイト
樹林 伸
KADOKAWA本体1900円+税

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「『ドクター・ホワイト』の著者である樹林伸は、『金田一少年の事件簿』や『神の雫』といったコミックの原作者でもある(前者は天樹征丸名義、後者は姉との共作で亜樹直名義)。樹林伸という名は、おもに小説執筆時に用いており、二〇一〇年の恋愛小説集の『リインカーネイション 恋愛輪廻』を皮切りに、ネットでの株取引を題材とする経済サスペンス『ビット・トレーダー』などの作品を既に発表してきている。今回紹介する『ドクター・ホワイト』は、『神の雫』でワインの天才を鮮やかに描ききった樹林伸が、診断≠ニいう分野での天才を描いた一冊だ。

 新聞社の出版部門で編集者をしている狩岡将貴が、早朝にジョギングをしていたときのことだ。公園で一人の女性と出会った。十八くらいだろうか。白衣姿の彼女は、白衣の他にはなにも着ていなかった。犯罪に巻き込まれたのか。そんな想いを抱いた将貴の目の前で、彼女は倒れた。見捨てるわけにも行かず、彼はその女性を高森総合病院に運ぶ。その後意識を取り戻した彼女に何があったのか尋ねても、一切返事はなかった。だが、ふとした弾みで将貴が彼女に顔を近づけたとき、突然彼女が言葉を発した。「ヘリコバクター・ピロリ」と。彼女はさらに言葉を続け、それが将貴の慢性胃炎の原因であり、治療法を語った。同席していた高森麻里亜内科部長――院長の娘であり将貴の旧友だ――からみても、適切な診断であり治療法だった。一体彼女は何者なのか……。
 実に鮮やかな導入部である。なぜ白衣だけの姿だったのかという謎に始まり、なぜ自らの素性を語らないのか、なぜ突然胃炎の原因を語り出したのか、なぜその診断が適切だったのか。次々と繰り出される謎が読者の心をがっちりと捉え、小説世界に引きずり込むのである。

 その後、彼女は白夜≠ニいう自分の名前のみを明かす。将貴は白夜が胸中を語れるようになるまで面倒をみようと、妹の晴汝と暮らす家に連れて帰った。そして三人での暮らしが始まってからのことだ。晴汝が脳動脈瘤の検査を高森総合病院で受けようとした際に激しく痙攣し、譫妄状態に陥った。脳外科医が緊急手術を提言したが、その場に居た白夜は異を唱えた。誤診だというのだ……。
 再び白夜が類い希な診断の才能を周囲に示すのだが、この才能自体が、本書の大きな魅力である。患者の症状をみて資格を持った医師が下した診断を、白夜という謎の少女が、同じ手掛かりから覆していく様は、人の危機を救うという目的と成果ともあいまって、痛快かつ爽快であり、かつ知的刺激にも富んでいる。本書では、晴汝への診断のみならず、足首の腫れを持つ男、階段から落ちた五歳児、撮影中に言動がおかしくなったモデルの症例について、白夜の活躍が愉しめる。

 それに加えて、樹林伸は作品全体を貫く糸も用意している。それも複数だ。高森麻里亜の兄の失踪事件、高森総合病院の支配を巡る争い、何も語らなかった白夜に生じる変化、そして白夜の正体を巡る謎。それらが輪郭のはっきりした登場人物たちを通じて互いに絡み合い、要所で前述した白夜の診断力のドラマとも呼応しながら、読者に次々と頁をめくらせるのだ。それもとてつもない勢いで。
 そして終盤には治療≠ェ配置されている。いよいよ白夜がその段階にまで足を踏み出すのだ。医師免許を持たないので実際に手を動かしはしないが、誰もが諦めざるを得なかった症例に対し、白夜は、彼女なりのやり方で救う道があることを示し、患者の命を救おうとするのだ。神の如きメス捌きといった絵になる光景とは無縁の静かなシーンだが、幾重にも緊張感に包まれていて、クライマックスと呼ぶに相応しい仕上がりとなっている。
 さて、本書には解かれぬままの謎がいくつか残り、続篇を予感させる。つまり白夜たちと再会の可能性があるのだ。その期待を胸に抱いて、満足感とともに本を閉じるとしよう。

むらかみたかし・書評家

「本の旅人」2015年11月号より転載
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