「板谷バカ三代」は、ゲッツ板谷さんの超個性的なご家族の日常が書かれたシリーズです。板谷家にはいつもありえない騒動が巻き起こりますが、板谷さんのおばあちゃん「バアさん」、お父さん「ケンちゃん」、弟さん「セージ」ら板谷家のみなさんは、どんなピンチも笑い飛ばして生きていきます。この家族の上機嫌ぶりに、ずっと感銘を受けてきました。
そんな板谷家を支え続けたのが板谷さんのお母さん「オフクロ」ですが、残念ながら2006年に癌のため67歳で亡くなられました。その直後、亡くなる6日前まで4年ほどご家族に内緒で書いていらした闘病日記が発見されたのです。お母さんっ子で当時読むことができなかった板谷さんは、七回忌を機に2日間を費やし読破。本作は、板谷さんがそのときの心情を、お母さんの日記にコメントをつける形でまとめた異色の作品です。
お母さんの病気以外にも板谷家には哀しいことが続いた時期で、家族が一致団結する……のですが、さすが板谷家はハンパじゃない。日々なぜか珍事件が起こり、お母さんは日記の中で思い切り突っ込んでいます。例えば、何があったかは読んでいただくとして、お母さんはご主人であるケンちゃんを『とにかく、呆れる。大バカのケンジだから!!』と激怒し、別の日には『良い人だが、発展性はない』と分析し、また別の日は『どうせ朝は寝小便だろう。わからないほど飲むなよと言いたい。何がパトロールだよ、バカバカしい!』と斬り捨てます(とはいえこれらは愛情の裏返し。本当に愛し合った夫婦だからこその強めの表現ですね)。
一方子供や孫のことは常に心配。板谷さんの本が出る度に喜んで、『本の売れ行き、何軒かの本屋に確認に行く。まぁまぁのようだ』と、体調が悪いのに出かけていたことが明かされます。
板谷さんはそんなお母さんに突っ込みを入れていきます。『オフクロ爆発!!』だの『「寝小便だろう」という捨て台詞に一番笑ったわ』だの『物書きをやっていたオレのことも心配だったんだなぁ……』と。
今は何でも自分の楽しみが優先される自己中心的な時代で、それを理由に結婚しない人も増えています。しかしお母さんは、全く違う価値観で生きています。お母さんの基本は「家族」。人間は家族を中心につながってきました。いろんなもめごともありますが、そういう煩わしさも抱えて家族一緒に生きていく強さ、家族を中心とする生き方の豊かさを、この本は教えてくれているように思います。
親が子を思う、子が親を思う――本作の執筆を決断した板谷さんの気持ちの中に、失われつつある「親孝行」という言葉がリアルなものとして浮かび上がってきます。「親の日記にコメントをつけて本にする」なんて前例はちょっと記憶にありませんが、「お母さんが生きた証」を作り上げた、いまどき珍しい究極の親孝行作品、親孝行の作品化だと思います。
また、戦中戦後の大変な時期を過ごされた世代なこともあり、お母さんは人としての強さも際立っていて、『とにかく自分のことは自分がやるしかない』『人に迷惑をかけないように気を付けよう。風邪をひかぬようにしたい』と、自分を律しています。
文章を練習した人は一文が長くなる傾向にありますが、お母さんはプロではないのが逆に功を奏し、端的でポンポンポンポンと短くキレがいい。〝つぶやき〟ですが、SNSの文章とは明らかに違います。文体のキレの良さがご自身のキレの良さと相まって、ものすごいパワーがあふれています。人生と板谷家と病気、それらすべてに対する腹の括り方が文章に出ている――文は人なりということです。
世代交代も進みさびしくなりますが、数々の伝説を作り上げた板谷家です。板谷さんにはぜひ板谷家を新たなステージに向けて盛り上げていただき、また新たな、上機嫌な板谷家の物語を書いていただきたいと思います。(談)
さいとうたかし・明治大学文学部教授
「本の旅人」2015年11月号より転載
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