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カドナビ 新刊ブックレビュー

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柴田よしき『愛より優しい旅の空』

人生を運ぶ鉄道旅に誘う
青春小説の傑作

【評】門賀美央子

書籍データ
愛より優しい旅の空
柴田よしき
角川文庫本体760円+税

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『愛より優しい旅の空』は2012年に刊行された『夢より短い旅の果て』(2015年9月に角川文庫刊)の続篇として書かれた作品である。
 前作は「鉄道旅ミステリ」と銘打たれた、ユニークな作品だった。
 鉄道ミステリではなく、鉄道旅ミステリ。
 一般的な鉄道ミステリは、時刻表の盲点や列車の密室性など、鉄道ならではの状況をトリックに利用する。つまり、鉄道はあくまで謎を成立させるためのガジェットに過ぎない。だが、本シリーズは違う。鉄道の旅そのものが物語の主なのだ。

 主人公の四十九院香澄は大学の鉄道旅サークルに所属する女子大生だが、入会当初はこれっぽっちも鉄道なんぞに興味はなかった。
 なのに、なぜコアな鉄道ファンの巣窟に入り込んだのか。
 それが前作の物語を牽引する謎だった。未読の読者のために詳細は伏せておくが、胸に宿るある痛切な思いが彼女を駆り立てていたのである。

 そして、今作での香澄は、前作で未解決のままだった最大の謎に少しずつ近づいていく。
 登場するのは、京急線、東京モノレール、南阿蘇鉄道高森線、小海線、三陸鉄道などなど。都心の足、観光地へと人を運ぶ山中の路線、テレビドラマ「あまちゃん」ですっかり全国区になった海沿いの路線と、それぞれに特徴ある舞台が揃った。鉄オタにとってはなかなか心躍らされるチョイスである(申し遅れましたが、私、乗り鉄です)。

 前作で旅を重ねた香澄は、いつのまにやら立派な〝鉄子〟に成長していた。在来線の各駅停車ファンを自称し、スイッチバックを「好きです」と即答するほどだ。なんとも頼もしいではないか。
 そんな彼女に同行し、私たちも各地を走る車輌に乗り込むことになる。
 鉄道旅。その魅力は多彩で、一言で語るのはなかなか難しいが、あえて絞り込むと「自由と不自由の共存」にあると私は思っている。
「敷かれたレールの上を進むだけの人生なんて送りたくない!」なんていうセリフが青春ドラマの定番であるように、列車は毎日同じ軌道の上を走っている。横道にそれることはできないし、駅以外で降りることもできない。どれほど心躍る風景に出会っても、「ここで止めて!」とは言えない。ある意味、著しく行動を制限される移動手段なのだ。
 だが、体が勝手に運ばれていく分、車内では自由な時間を過ごせる。景色を堪能するもよし、駅弁を頬張るもよし、ぼんやり思索にふけるもよし、白河夜船を決め込むもよし。マナーさえ守っていれば、何をしていても許される。
 制限された中での自由。
 まるで人生そのものではないか。だから、人は鉄道旅に惹かれるのだ。
 そして、乗客の数だけ物語があり、それは時として怒りや哀しみ、後悔といった負の感情で塗りつぶされている。

 今回、香澄は、鉄道を通して知り合った人々の悲しく残酷な物語に直面することになった。
 だが、彼らとの対話によって、香澄は人の弱さと強さを教えられる。それは成長の糧となり、過去に囚われ続けていた娘は、人生の新たな旅路に一歩踏み出す決心をする。その健気さに青春の美しさを感じるのは、私一人ではないだろう。
 本作で、香澄の心の旅は一応の決着を見た。鉄道は、彼女を終着駅に無事届けてくれたのだ。
 エピローグを読み終えた瞬間、胸に湧き上がった安堵感とほんの少しの寂しさは、長旅を終えて自宅に帰り着いた時のそれに近かったように思う。
 しかし、旅は終わっても人生は続く。大人の女性となった香澄が新たな鉄道旅に連れ出してくれることを願いつつ、今はこの余韻に浸っていたい。

もんが・みおこ 書評家

「本の旅人」2015年12月号より転載
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