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桜庭一樹『GOSICK PINK』

カオスの如き新世界に
希望の橋を架けるのだ

【評】青木千恵

書籍データ
GOSICK PINK
桜庭一樹
KADOKAWA本体1100円+税

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 混沌とした世界で、仕事と家を確保できるか。この問題は、「GOSICK――ゴシック――」シリーズの名コンビ、ヴィクトリカ・ド・ブロワと久城一弥にとっても他人事ではなかった。〝欧州最後にして最大の人間兵器〟と恐れられたヴィクトリカだったが、新大陸のニューヨークに到着すると、家も生活費もなく、すっからかん、だったのだ。  時は1930年代初頭、夏。東洋出身の青年、一弥は、東欧の〝毛皮を着た哲学者〟こと灰色狼の子孫、ヴィクトリカと共に新大陸に辿り着く。到着早々、〈アポカリプス事件〉に遭遇後、一弥の姉、武者小路瑠璃の家に転がり込む。生真面目な一弥は自分の力でヴィクトリカを守るべく、仕事と家を探すことにする。折りしもニューヨークは、ブルックリン橋で開催されるボクシング戦の話題で持ち切りだった。チャンピオンと挑戦者は対照的な生い立ちである上に、戦争中に起きた事件をめぐって因縁があった。未解決のままの、〈クリスマス休戦殺人事件〉だ……。

 西欧の王国ソヴュールの名門、聖マルグリット学園で出逢った二人が、数々の謎を解き明かすミステリ・シリーズの最新作。西欧を舞台にした「旧大陸編」の完結後、2013年にスタートした「新大陸編」は、1930年代のニューヨークが舞台だ。本作は〈GOSICK RED〉〈GOSICK BLUE〉に続く、新大陸編の三作目で、〈RED〉の数ヵ月前、〈BLUE〉の直後の出来事を描く。周到なエンターテインメントであるため、予備知識なしで本作から読み始めても存分に楽しめるが、〈RED〉で主要人物だったイタリア人青年ニコと初めて逢う場面など、シリーズならではの趣向に胸躍る。

 超頭脳〈知恵の泉〉を持つ少女と純粋な少年が、大人の思惑に翻弄されるようすは「旧大陸編」から描かれているが、〈クリスマス休戦殺人事件〉を謎に据えた本作は、「戦争」の不条理に改めて踏み込む。映画『戦場のアリア』(2005年、仏・独・英)でも描かれた題材だが、世界大戦のさなか、クリスマスぐらいはと束の間の休戦をした部隊があったという。そこで何が起きたのか?

 また、伝統的な名家に育ったチャンピオン、ウィリアム・トレイトンと、南部の貧しい母子家庭で育った挑戦者、エディ・ソーヤとの対比を通して、貧富と身分の差のテーマも深まっている。十七世紀初頭に入植した清教徒の子孫が政府や経済界の中枢を担い、新たな移民たちは貧しいがエネルギッシュ。ピンクは移民の花、クランベリーの色だ。〝移民一世〟となった一弥とヴィクトリカの前に広がる、新世界の混沌は巨大な謎だ。誰もが忙しく、真相が謎のまま高速で流れていく。この状況は、紛争と移民問題で揺れる二十一世紀初頭の世界と重なるではないか。

 とはいえ本作は、戒律的な〝社会派〟を煙にまくエンタメだ。ヴィクトリカは美しい眉根を顰め、〈退屈で死ぬほうが危険である!〉と言う。〈『財力こそ権力』『強欲こそ善』の、ここ、ニューヨーク〉で、〈胸躍る逆冒険〉へと歩みだす。「逆」でも「順」でも冒険は冒険だ。それも飛びっきりの。「がんばるぞ」な一弥と「のほほん」ヴィクトリカの軽妙な掛け合いが楽しく、ボクシング漫画『あしたのジョー』のノーガード戦法の如く(知る人はもう少ないか……)力がうまく抜けていて、クスリと笑わせる。そして、新世界に蠢く新たな邪悪をあぶりだす。

〈そこに君がいれば……お座布団なんかいらんよ〉。夏のとある日の物語だが、〈クリスマス休戦〉を扱う本作は、〝賢者の贈り物〟のような味わいがある。物語は、ダークな世界に光を灯す。このシリーズそのものが〈知恵の泉〉だ。読者を楽しませ、誰だって希望を持っていいのだと伝えてくれる。自由な世界でも越えてはならない一線、善と悪のほんとうの境界を教えてくれる。このシリーズ、もはや世界文学級である。

あおき・ちえ フリーライター、書評家

「本の旅人」2015年12月号より転載
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