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松本博文『東大駒場寮物語』

昭和的な生き様の哀愁

【評】中川淳一郎

書籍データ
東大駒場寮物語
松本博文
KADOKAWA本体1800円+税

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 男は学生寮に一度は憧れるものである。私のように、北杜夫氏が旧制松本高等学校思誠寮のドタバタ生活を描いた『どくとるマンボウ青春記』(新潮文庫)を読み、その破天荒ぶりとバンカラさを羨ましく感じた人も少なからずいるだろう。『東大駒場寮物語』は、同様の破天荒さとバンカラさを若干抑え目にしつつも、著者・松本博文氏が自身の体験を軸に、膨大な資料と多くの関係者の取材を通じ、駒場寮の歴史と寮生たちの姿を描いた歴史研究書/青春記である。

 本書前半では、駒場寮生の生活や日本最古の学生寮である駒場寮の、特異な歴史が綴られる。東大という異空間の中のさらなる迷宮・駒場寮を舞台に展開される話ではあるものの、寮生たちの生き様は、「学生時代」の体験がある者にとっては、どこか共通の感覚を抱けるものに仕上がっている。また「若干抑え目」とは書いたが、亀井静香氏が関係したという「焼き犬伝説」の真相など、寮生活の破天荒さを想起させるエッセンスは随所にまぶされており、読者の興奮を誘うものになっている。

 中盤以降からは、駒場寮が廃寮を宣言されてからの、1990年代半ばの大学当局との交渉や存続運動の様子が細かく記載されている。破天荒な青春ストーリーから一気に終焉に向かう展開には、センチメンタルさとともに、「おとなのきたなさ」や「権力の恐ろしさ」をしみじみと実感させられる。

 さて、東大とは本来関係がない私がなぜ書評を寄せることになったのか。それは、私は予備校時代の恩師に誘われたことで、一橋大学在学中から駒場寮にたびたび遊びに訪れており、その後1999年に寮の友人に誘われ、2001年の廃寮直前まで、会社員、のちに無職の身でありながら駒場寮に住んでいたことに起因している(本書にも私が少し登場する)。そのため駒場寮における様々な伝説についても耳にしていた。先述の「焼き犬伝説」についても聞かされていたが、私が知っていたのは「亀井静香が『シシカバブ』だと称して犬の肉を串に刺して焼いていた。犬であることは明言していなかった」といううさんくさいものである。本書でようやく真相を知ることができて胸のつかえがおりた。「伝説は尾ひれをつけてより過激になっていく」という好例であった。

 数々の珍伝説がセットになった駒場寮には不思議な磁場があり、何かに吸い寄せられるかのように東大とは関係ない者がやってくる場でもあった。私もそうだし、本書に装丁写真を寄せているオオスキトモコ氏も、武蔵野美術大学の学生でありながら廃寮強制執行直前の駒場寮に入り浸っていたという。私の婚約者だった女性からも、2000年の1年間、駒場寮に頻繁に出入りしていたと聞かされた。本書には他にも、出自のよくわからない外国人や、故・忌野清志郎、外山恒一といった著名人が訪れていた旨が記されている。

 2001年、強制執行により寮はその長い歴史の幕を閉じた。私はその直前に寮から脱出し、強制執行の様子を外から見ていた。近くのアパートに移り住んでからも、元寮生たちがテント村をつくって抵抗運動を展開する様子をひっそりと見続けていた。21世紀になった年に壊された駒場寮は「学生自治」「共同生活」「バンカラ」という大学の昭和遺産的なものが終焉を迎えたことの象徴ともいえよう。かつてゲバ文字の立て看板だらけだった明治大学駿河台キャンパスも、すっかり様変わりして、現在、その痕跡はほぼ見られない。

 落城を目前に控えた2001年の初夏、多くの元寮生が訪れ、思い出の品を持ち帰っていった。学生運動用のヘルメットも一部持ち帰られたが、あまりに数が多過ぎた。残りをどうするか困っていたら某テレビ局員が「ウチの会社の倉庫だったら備品に紛れさせて保管できるぞ」と言い出したため、私はその局に宅配便を何箱も送りつけた。宛名表の「内容」欄には、「ヘルメット」ではなく「文化財」と書いたのだった。

なかがわ・じゅんいちろう ネットニュース編集者

「本の旅人」2015年12月号より転載
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