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石持浅海『罪人(つみびと)よやすらかに眠れ』

わたしの業、はなんですか……?

【評】おーちようこ

書籍データ
罪人よやすらかに眠れ
石持浅海
KADOKAWA本体1500円+税

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 その館には、「業」を抱える者が引き寄せられるという――つづられたのは当たり前に過ごす日々のなか、ふと迷い込んでしまうかもしれない、六つの謎解きの物語。

 舞台となるのは北海道札幌市の中心地にある、緑豊かな中島公園……の、西側に立つ大きな家、というか館。

 暮らしているのは四十代くらいで穏やかな笑顔の、公園と同じ名の中島氏と猫のような顔立ちでほっそりとした夫人に美しい愛娘、碧子さん。屋敷に仕えているらしい、壮年の木下さんと高校生くらいの女の子の菖蒲ちゃん。らしい、というのは、どうもそこら辺がはっきりとしていないから。

 そして、謎の同居人。涼し気な目元のたいそう整った顔立ちの青年、北良さん……このお方が曲者で。

 館に訪れるのは、六組の人々。

 それらがどんな人々なのか説明する代わりに、目次のタイトルを書き出したい。

 さいしょの客 友人と、その恋人
 2人めの客 はじめての一人旅
 3人めの客 徘徊と彷徨
 4人めの客 懐かしい友だち
 5人めの客 待ち人来たらず
 さいごの客 今度こそ、さよなら

 それは青年だったり、女性だったり、小学生の少女だったり、中年の男性だったりと実にさまざま。けれど、ひとつだけ共通していることがある。それは「業を抱えている」こと。

 己のうちにある業の正体を解き明かしてしまうのが北良さんだ。あるときは心の重荷をおろしてあげるかのようにそっと打ち明け、あるときは知りたくはなかった事実を、知るべき事実を静かに、けれど真っ直ぐに突きつける。

 断罪、では決して無く。むしろ救いの手を差し伸べるかのように。

 彼らの業はともすれば、日常のほんの少しずれた先に起こりうることかもしれなくて、もしかしたら自分の身にも起きることかもしれなくて。知ってしまったあとになにをどう選択するのか? ひとつひとつの言葉に、行動に、想いに、わたしたちはつい心を添わせてしまうだろう。その姿をすくいあげる著者の眼差しはとても、優しい。

 その石持浅海さんは「本格ミステリ」と呼ばれるジャンルで活躍し、緻密な論理と推理を届け続けているけれど、いずれも謎を解くだけでなく、事件に関わる者たちの営みをもあたたかく描く。

 例えばドラマ化もされた、碓氷優佳が探偵を務めるシリーズで、彼女の高校時代を描いた『わたしたちが少女と呼ばれていた頃』(祥伝社)。未知の生命体で宇宙人の美形兄妹が探偵役をになう『温かな手』(創元推理文庫)や、病の床に伏す少女の代わりに二足歩行のロボットが登校する『フライ・バイ・ワイヤ』(同前)、左手首に二つの時計をはめている女性の秘密を紐解く『まっすぐ進め』(河出文庫)と私的なお薦めをあげていったらとめどもないが、どれもが少し切なくて、普段、どこかに置き忘れてきてしまいがちな日常の大切さをふと思い出させてくれる……もちろん本作でも。

 六つの物語の最後、わたしたちは訪れる者だけではなく、館に住まう者の謎を知ることになります。それは静かな驚きとともに先へと続く物語を予感させ――というか、こんな終わりかたでは続きが読みたくなるではないか。まったくもう。

 謎を解かれる。

 言い換えれば、秘密を渡すこと。

 この地上で、己の咎を誰かが知っていてくれる。それは、とてつもない縁で救いで、ともすれば身震いするほどの幸せかもしれない。涼しい瞳を持つ、あの人が覚えていてくれる。そのことに少しだけ憧れてしまうのはわたしだけだろうか。

 だからこそ、いつか訪れてみたい。わたしの知られざる業を暴いてくれるかもしれない、あの、館に。

おーち・ようこ ライター

「本の旅人」2016年1月号より転載
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