カドナビ 新刊ブックレビュー

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山本 弘『怪奇探偵リジー&クリスタル』

こんな〈女バディ〉ものあり? 異色すぎッ!

【評】風間賢二

書籍データ
怪奇探偵リジー&クリスタル
山本 弘
KADOKAWA本体1800円+税

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 本書は五編の連作中短編で構成されているが、最初に収録されている作品の冒頭からいきなり釘付け状態必定。こんな文章で始まる。

 「一月のカリフォルニア。冬でも平均気温が華氏五十七度(摂氏十四度)の温暖な気候とはいえ、さすがにまだ昼前で、空気は肌寒い。とりわけ針金一本しか身に着けていない十七歳の娘にとっては。」

 タイトルは「まっぷたつの美女」。しかも、「針金一本しか身に着けていない十七歳の娘」とあるので、おおっ、猟奇殺人事件! と思ってしまうのが並みの思考回路だが、「空気は肌寒い」とあるので、うん? 死んでいないのか? と考え直し、では、まだ拉致監禁の段階? とヘンタイ妄想力をたくましくさせられる。

 すると、そうしたオヤジ的スケベ想像力を嘲笑うかのごとく、その全裸の少女は真昼の通りを平然と歩き出すのだ。あろうことか誰にも気づかれずに! 不思議な少女の名はクリスタル。探偵の助手である。彼女の雇い主である私立探偵がリジーだ。三十歳そこそこのとびきりのイイ女。しかも、助手のクリスタル以上のアンビリバボーな存在である。

 本書は、今日ではカルト的な人気を博す往年のTVドラマ「怪奇大作戦」タイプの超常現象を合理的に解明するミステリー、いわゆる心霊探偵(オカルト探偵)ものかと思いきや、主人公のふたりがそもそも怪奇幻想的なSFファンタジー・冒険ミステリー・〈女バディ〉ものである。どれほど異色なふたりなのかは、まずは本編「まっぷたつの美女」を一読して驚嘆してもらいたい。

 収録作のすべてが1930年代のアメリカが舞台になっている。アメリカの20年代・30年代といえば、大衆文化の第一次黄金時代である。そのポップカルチャーが本書全体の基調を奏でている。たとえば、「まっぷたつの美女」では、今はなきパルプマガジンがモチーフになっている。美女虐待(ダムゼル・イン・ディストレス)シーンをケバケバシイ極彩色で描いたカバーで有名なエログロ低俗悪趣味三流小説雑誌群だ。とはいえ、娯楽小説の各種ジャンルを築いた功績は大きい。本編では、スプラッタの源泉であるグラン=ギニョル劇の凄惨なポスターに多大な影響を受けているパルプマガジンのカバーを実際に再演した殺人事件が語られる。

 また30年代は映画『魔人ドラキュラ』や『フランケンシュタイン』に始まるハリウッド・ゴシックの幕開け期であり、怪獣特撮映画の金字塔『キング・コング』が製作された記念すべき時代でもある。第二話「二千七百秒の牢獄」では、当時の未公開貴重フィルムの怪異が語られるが、特殊効果のひとつ、ストップモーション・アニメに関する蘊蓄が楽しい。

 第三話「ペンドラゴンの瓶」については、ここでは多くを語れない。というのも、ヒロインのリジーの出生にまつわる事件だから。ただ錬金術関係のオカルト譚とだけ述べておく。これに続く第四話「軽はずみな旅行者」はタイムトラベル譚。話がSFだけあって、当時の人気SF作家やアマチュア作家(のちに大御所になる)や名物ファンが多数登場する。やがてSF界の抒情詩人となる巨匠や特撮技術の巨星の少年時代の様子が語られていてSFファンならニンマリ。

 最後の第五話「異空の凶獣」は本格的モンスター(異次元からの侵略)譚だ。同時に、この話でリジーの助手クリスタルの奇怪な生い立ちが詳細に語られる。ディーン・クーンツのようにテンポのよい語り口で紡がれるアメリカンB級SFホラー映画ばりの展開が読みどころ。

 全編を通じて、〈ウィアード・テイルズ〉や〈アスタウンディング・ストーリーズ〉といったパルプマガジンを想起させる物語内にSFや特撮映画、モンスターに対する作者の蘊蓄と限りなき愛が感じられる好ましい作品集である。

かざま・けんじ 翻訳家、評論家

「本の旅人」2016年1月号より転載
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