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町田 康『人生パンク道場』

真実はひとつではない

【評】角田光代

書籍データ
人生パンク道場
町田 康
KADOKAWA 本体1500円+税

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 もし町田康さんが街頭に机を出して座っていて、人生相談を請け負っていたら、あんまり人はこないんじゃないかと思う。見かけからしてパンクだし、つまらないことを相談したら叱られたりどつかれたりしそうで、人はびびるのではないかと想像する。その、町田康氏がこの本では他者の相談にのっている。相談する人はびびることなく、つまらないことを相談している。つまらない、というのは、相談の中身が無意味である、くだらない、という意味ではない。そもそも相談というのは、そうしたものだ。みなそれぞれ、本人にとったら切迫した一大事だ。死を考えるほど深刻な場合もある。しかし他人には「そんなつまらないことで……」と言われてしまう。私は人生相談を読むのが好きで、小学生のときから新聞の相談欄を読んでいた。今も読んでいる。そうして思うのは、「そんなつまらないことで……」と、言外に伝えてしまう回答者は案外多い、ということだ。そんなつまらないことでくよくよしていないで、働くとか、趣味のサークルに入るとか、人生を充実させましょう、というような答えになるわけだが、これに回答の意味はあろうかとつい首をひねってしまう。

 この本において、作者は一度たりともその切り札を出さない。そんなつまらないこと、と切り捨てない。「では解決しましょう」と、さくさくと論を進めていく。もちろん作者は町田康氏、その論はときにぶっ飛んだ方向に進むし、得体の知れないユーモアで笑わせてもくれる。しかし作者は終始一貫、生真面目に悩みと向き合っている。妻が自分の嫌いな球団のファンであるという悩みにも、大学進学したくない息子を持つ、高学歴の父親の悩みにも、離婚した女性の片思いの悩みにも、同様にきちんと向き合っている。

 興味深いのは、作者が、悩みのある状態から論を進めていくこと。つまり、彼氏とはべつのバンドメンバーに恋をした人に、「その恋をあきらめなさい」とはアドバイスしない。恋人の話ばかりする友だちに困っている人に「その友だちと縁を切りなさい」とは伝えない。安易な回答をしないのである。

 読みながら居住まいを正したのは、11番目の相談からである。作者の回答に、私はある真実を見たのだ。そこから先、真実は加速するかのように頻出する。15番目の相談にたいする、「働くイメージ」には私は本当に仰天し、そして感動した。なんのために働くのか、今まで知らなかった、ある真実を見たのである。

 そうか、悩みというのは、真実がひとつしかないと思いこむから生まれるのか、と気づく。自分はこのような立場にいて、つらい。自分はこのようなことに巻きこまれていて、不快である。それだけが自分にとっての真実。そこから動けなくなっている人に、作者はまったくべつの真実を見せる。この回答こそが真実というのではない、作者はただ、真実がたくさんあることに気づきなさいと伝えているかのようだ。

 それにしても、作者が見せるひとつの真実には、幾度もはっとさせられた。思考の斬新さ、感覚の鋭利さ、ものごとの独自なとらえかた、それらが混じり合って、まったく未知の真実を見せてくれる。この本には線を引きたいアフォリズムがあふれかえっている。

 それまで、相談者あるいは相談ごとに向き合うような作者の姿勢が、最後の質問にたいする回答で、変わったように私には思えた。飼い猫の死を忘れられない相談者に、作者は向き合うのではなく、隣に座るように寄り添う。悩みに、真の解決なんてないのだとここで思い知らされる。真実はあっても解決はない。でも、苦しみから解き放たれるときはある。背負わされた荷が軽くなることは、ぜったいにある。

 笑い、驚き、うなずき、膝を叩き、胸打たれ、そして最後の回答の、ラスト5行に声をあげて泣いた。こんなに感情を翻弄される本だとは思わなかった。つまらなくて、かつ大切な悩みを、びびらずに相談してくれた人たちにも感謝したくなる。

かくた・みつよ 作家

「本の旅人」2016年3月号より転載
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