さんべ・けい
北海道出身、千葉県在住。第40回「手塚賞」佳作。第41回「手塚賞」準入選。1995年「アフタヌーン四季賞 春のコンテスト」準入選。代表作は『カミヤドリ』『鬼燈の島』『魍魎のゆりかご』など。
にのまえ・はじめ
小説家。PCゲームメーカー「ニトロプラス」所属。著書に『幽式』『小説版 魔法少女まどか☆マギカ』「フェノメノ」シリーズ、『少女キネマ 或は暴想王と屋根裏姫の物語』などがある。
「真犯人」が主人公!?
──まずスピンオフ小説の企画がどのように始まったかを教えてください。
三部 一さんと打ち合わせるにあたり、最初は、こんな感じですけど大丈夫ですか? とプロットが来たんですよね。原作の後日談みたいな話ですが、と。自分としては、やってもらう以上、作家さんの個性を出してほしいんですよ。映画もアニメもそうなんですが、素材として料理してくれというスタンスです。それでOKですよ、とお返事したんですが、できた小説を読んで「やったー!」と(笑)。「俺のやり方は間違ってない」って思いましたね。
一 ありがとうございます。そう言っていただけてホッとしました。「ヤングエース」で原作の最終回を読ませていただいたんですが、すばらしかったです。ある台詞で泣いてしまいました。ネタバレになってしまうので言えませんが……。
三部 嬉しいです。一さんの小説は、自分が望んでいるものそのものだったんですよ。漫画を読んでくれた人には色々想像してほしいという気持ちがいつもあって、キャラクターも「俺のなかではこうなんだ」って思ってほしいんです。一さんの小説を読んだら、自分が思っていた以上にキャラクターが掘り下げられていて、俺が読みたかった真犯人がここにいるな、と感じられました。
一 スピンオフのお話をいただいたときは、まだ真犯人が誰か知らなかったんです。原作が大好きで、「犯人は誰だろう?」と何度も読み返していました。実は、僕は真犯人だとわかる前からこのキャラクターが好きで、この人物がこれだけの罪を犯すからには相当なドラマがあったんだろう、と妄想が広がってしまい、それで三部先生に「真犯人を主人公にして書いてみたい」とお願いしたんです。ですから気持ちとしては二次小説のつもりでした。原作ファンに怒られるんじゃないかという心配があったのと、まだ三部先生が原作を描いている途中だったので、どこまで勝手に書いていいのかと気にはなりましたが、結果的に言えば、とても自由に書かせていただきました。
三部 同時にアニメ、実写の話も進んでいたので、終わりに向かってはいたんですよね。でも小説を読んだときには、漫画が完結する前に真犯人がわかってもいいんじゃないかというくらい、この小説を『僕街』読者に読んでほしくなったんですよ。オビに書きましたけどまさに「自分にとってもう一人の乱歩だ」と思ったんですよね。子供の頃から、乱歩の小説に書かれている犯人側の心理や動機とか、理論武装、妄想みたいなものにすごく興味があったんですが、この小説を読んで、悪への興味の持ち方が一さんと通じてるのかな、と思ったんです。江戸川乱歩はお好きですか?
一 大好きです。三部先生はどの作品がいちばんお好きですか。
三部 いちばんと言われると難しいです。けど、いま思い浮かんだのは「芋虫」ですかね。極限の心理状態が描かれていると思うんですよ。一さんは?
一 「人間椅子」と「鏡地獄」がとくに好きです。三部先生のお言葉であらためて気づいたのですが、たしかに乱歩の作品には生々しい犯人の告白が多いですね。「屋根裏の散歩者」とか。この小説も犯人の告白だから乱歩を連想されたんですね、きっと。
三部 「パノラマ島綺譚」なんかわかりやすいですけど、犯人の側の妄想とか主張がまずあって、ちょっと感情移入しちゃうんですよね。そして、最後は悲しく散っていく。一さんのこの小説も、最後がまたいいんですよ。はかなさがあって。乱歩のいい作品を読んだときのような読後感でしたね。
一 真犯人側にも正義があるはずだろう、とずっと感じていたんです。よく人間は多面性の生き物だと言われますが、ある面から見ると悪に見えて、ある面から見ると正義に見えるということに興味があったんです。それをどれだけ劇的に書けるかは技術的な問題だったりするのですが、僕の持っている技術だと、真犯人がひたすら「俺は正義だ」と訴える小説では成立しなかった。そこで、もう一人主人公を存在させる必要性を感じ、ケンヤだって思いました。いつも悟の側にいて、悟の正義に共感している。でもケンヤの内面はあまり描かれていないので妄想する余地があるかもしれない、と。事件から時間が経って、哲学を持っている真犯人と、哲学が揺らいでしまっているケンヤが向かい合うというのは、すごく面白いんじゃないか、というのがスタートでした。
完璧な物語のつづき
──漫画では、29歳の主人公、悟が、事件や事故をきっかけに、時間が巻き戻るという現象(「再上映」)により、29歳の意識のまま小学生時代に戻り、小学生連続誘拐殺人事件から雛月加代ら被害者たちを守ろうとする物語です。一方、小説の主人公は真犯人。一さんは、漫画を読んでいない読者に対してはどのようにお考えでしたか。
一 たいへん申し訳ないのですが、原作を読んでいない読者のことはあまり考えてなかったんです。僕なりに原作に描かれていない部分を想像で補完したらこうなりました、というものを書き上げてしまいました。それが可能だったのは、原作が完璧だったからだと思います。4分の3まで読んでから、後はキャラクターを自由に動かして話をつくってください、と言われても違和感なく続きが書けるのが完璧な物語だと思うんです。書き始める前に一度、三部先生にお会いして質問させていただいて、その後も途中で僕の解釈で間違いないかどうか、編集者さん経由で質問させていただきましたが……。
三部 この小説は『僕街』を読んでいる読者だったら、みんな絶対に面白いと思ってくれるに違いないと思いますね。読者それぞれ、真犯人像、ケンヤ像があるかもしれないですけど、これを読んで違和感はないんじゃないでしょうか。
──小説のもう一人の主人公、ケンヤは、三部さんにとってはどんなキャラクターですか。
三部 とくにモデルはいないんですが、小学生のときに自分よりも頭が良くて、意見を言えば通るし、この子が自分を認めてくれる発言をしたときに嬉しくなるような─あこがれるクラスメイトのイメージですね。クールで、悟と反対のタイプにしました。
一 雛月加代にモデルはいるのでしょうか。
三部 いないです。アニメのブックレットで使用するにあたり、初期の頃に描いたラフを引っ張り出したんですけど、俺も忘れていたような試行錯誤が色々ありましたね。雛月が置かれている立場みたいなものは、日頃、ニュースや何かで見ているものから来ていますね。子供を殴るような親が『僕街』を読んでくれることはないかもしれないけど、もし読んだらあらためてほしいです……。そういうメッセージがあったわけではないんだけど、いまになるとそう思います。
ケンヤが悟を思う場面
──一さんはスピンオフ小説の執筆以前に原作ファンだったとのことですが、どんなところに魅力を感じましたか。
一 4巻が出たときにその存在を知って、1巻から一気に読んだんですけど、2巻の冒頭で小学生時代に戻った悟がお母さんに食事をつくってもらうシーンがありますよね。あの場面を見たとき、大人の記憶を持ったままここに戻ってきたら、それは泣くだろう、と思ったんです。そこから一気に悟に感情移入してしまいました。というのも、僕も悟とすこし似たような環境で育ったもので……あそこまでドラマティックではないのですが。だからまずそこがフックだったんです。
三部 悟が小学生の頃のアパートって、俺が子供の頃に住んでいたアパートがモデルなんです。大まかにしか覚えてないですけど。だから、自分でも大事にしているシーンですね。読者も子供の頃に戻って、当時の家で母親を見たら懐かしいって思ってくれるだろうなと思って描いていました。そういうときは、「ああ、大きいコマで描かなきゃ」という感覚なんですよね。バーンと絵が目に飛び込んでくる感じにしたい。一さんにも伝わっていたみたいで嬉しいですね。
一 そのときは悟の側で物語を見ていたのですが、気がついたら真犯人側の人間になっていました(笑)。悟がんばれって気持ちももちろんあったのですが、その一方で、真犯人にも惹かれていたので、2倍楽しめました。
──お二人それぞれに漫画と小説の好きな場面を挙げていただきたいのですが。
一 漫画でいちばん好きなのは、悟たちが雛月を救うシーンです。「悟がとった勇気ある行動の結末が『悲劇』でいいハズがないだろう?」と八代先生が言いますよね。あの場面です。
三部 小説で好きなのは、ケンヤが悟を思う場面ですね。雛月たちを守るために、ひとりぼっちで何度も「再上映」していた悟に、大人になったケンヤが思いをはせる。アニメのエンディングで小学生の悟がバスのうえに一人立って風に吹かれているシーンがあるんですけど、あのシーンの悟とすごくかぶるんですね。一さんの小説を読んでから観るとその魅力が増幅されるんですよ。
悩んだ最後の台詞
──小説を執筆中に悩んだり、迷ったりした部分はありますか。
一 書き方としては、まず最初に真犯人の手記を一息に書いたんです。それをバラバラにして、手記が発見された、という設定で、そこから頭をケンヤに切り替えて読んでいきました。悩みを抱えているケンヤがこの手記を読んだらどうなるだろう、とケンヤと一緒に生きる感じでした。悩んだのは、最後の真犯人の台詞でした。あんなことを言わせていいのか、と。三部先生や『僕街』ファンに、真犯人はこんな台詞は言わないと思われたらどうしよう、とかなり迷いました。でも、とにかく一回書き上げて、三部先生に判断していただいて、もしダメだったらそれからのことはあとで考えようと思ったんです。
三部 何の違和感もなかったです(笑)。
一 よかったです(笑)。自由にやらせていただいたからあの台詞が生まれたような気がいたします。実は、今日は三部先生にそのお礼を言いに来たんです。
三部 こちらこそありがたいです。一さんの小説に相当、良い影響を受けましたからね。漫画の最後のほうで、真犯人の台詞がだいぶ増えましたよ。
──『僕街』は、小説のほかにもテレビアニメが好評でDVDになりましたし、実写映画も公開中ですね。
三部 どれも素晴らしいです。自分にはもったいないような出来映えだと思いました。関わってくださった方たちに本当に恵まれました。どれも宝物です。
──最後に一さんにこれからの抱負をお聞きしたいと思います。
一 まだちょっと『僕街』の熱が続いているような状態で……いや、色々考えないといけないのですが(笑)。僕の在籍している会社がちょっとへんな会社で、僕が社長から言われた言葉で「自分が買わないものはけしてつくるな」というものがあります。それで、なんとか、自分が読みたい『僕街』のスピンオフ小説はこれだ、という作品を書かせていただくことができました。これからもこんなふうに一作一作ちゃんと書いていきたいです。
取材・文|タカザワケンジ
「本の旅人」2016年4月号より転載
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