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澤村伊智『ぼぎわんが、来る』

名状しがたい恐怖が肉迫する、最恐の新人デビュー!

【評】東 雅夫

書籍データ
ぼぎわんが、来る
澤村伊智
KADOKAWA本体1600円+税

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「え?」「ええッ!?」「えええええーッ!!!」
 ときに二〇一五年三月四日夕刻──東京は飯田橋の丘上に威容を誇る角川本社ビルの会議室は、異様な興奮につつまれていた。

 議題は、第二十二回日本ホラー小説大賞の予備選考。最終候補作を決定するための会議だ。本誌でもおなじみの書評家や評論家から成る予備選委員と同社の文芸編集者がズラリ居並び、一次選考を突破した応募作を厳正に審査していた最中の出来事だった。  選考作業は、出席者が各々くだしたA・B・C評価を作品ごとに集計して、それをもとに吟味が進められる。
「A!」「Aです」「Aでした」「Aで」「同じくA」……なんと予備選委員と編集者全員が、そろってA評価をつける応募作が出現したのだ。

 私は同賞の第二回から選考に加わっているが、予備選考会でオールA評価を得た候補作というのは、二十余年におよぶホラー大賞史上、おそらく初めてではないかと記憶する。
 果たして、その画期的な候補作は、綾辻行人、貴志祐介、宮部みゆきの三氏による最終選考でも、満場一致で大賞に選ばれることとなった……そう、その作品こそ、本書『ぼぎわんが、来る』(応募時のタイトル『ぼぎわん』を改題)なのである。

「ぼぎわん」という意味不明な言葉に戸惑いながらページを繰り始めた読者は、冒頭近くの回想シーン──祖父母の家で留守番をしている男の子が、玄関扉の向こうで「ごめんください」と声をかける訪問者に応対するという、いたって日常的で、ありふれたシーンを読み進めるうち、早くもワケの分からない不安と緊張感を掻きたてられ、この世ならぬものの刻一刻と迫りくる気配に、慄然とすることだろう。

 ことさらに怖ろしげな道具立てやシチュエーションを用いることなく、得体の知れぬ訪問者が発する場違いな問いかけと、それに呼応する男の子および認知症で寝たきりの祖父のリアクションを、むしろ淡々と描写することによって、ただならぬ異様な気配を醸しだし、開巻早々、読者を瞬時にして作中へ引きずり込んでしまう手際の冴えに、ほとほと感心させられたものだ。

 物語は、それぞれ視点人物を異にする三つの章で構成されている。
 妻と幼い愛娘と三人で暮らす「イクメン」夫の視点から、幸福円満な一家に突如として迫りくる謎めいた魔物「ぼぎわん」の恐怖を活写する第一章「訪問者」。
 続いて妻の視点から、幸福そうに見えた一家の意外な側面が明かされ、娘を魔物から死守するためのスリリングな逃避行が繰りひろげられる第二章「所有者」。
 夫から相談を受けたオカルト・ライターの視点から、ぼぎわんをめぐる驚くべき真相が明かされ、ユタの血をひく巫女姉妹と魔物との壮絶な呪術バトルでクライマックスを迎える第三章「部外者」。

 注目すべきは、それぞれの章が「序破急」に則って、刻々とエスカレートする恐怖のクライマックスで幕切れを迎えるように構成されていることだ。
 したがって読者は章ごとに、一度ならず二度三度と、恐怖の絶頂を体感させられることになるのである。

 まさに「小説的な遠近法」(宮部みゆき氏の選評より)の妙であり、「読み手も登場人物たちと一緒に、『ぼぎわんがやってくる』恐怖を現在進行形で味わうことができ」(同右)る仕組みになっているのだ。

 こうした構成の見事さに加えて、この世ならぬ存在を描きだす怪異描写の巧みさという点でも、本書は群を抜いているように感じられる。「ねじれた灰色の塊」とか「でたらめに並んだ歯を剥いて」といった印象鮮烈だが断片的な描写を、ホラーとしての勘所に投入することで、想像を絶する恐怖の本体を、読み手の胸中に沸々と喚起せしめる……これこそは、文芸ならではのホラー表現の極みと云えよう。

 伝統あるホラー大賞に最恐の一作が加わったことを、心から慶賀したい。

ひがし・まさお 文芸評論家

「本の旅人」2015年11月号より転載
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