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カドナビ 新刊ブックレビュー

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名梁和泉『二階の王』

壮大なビジョンに支えられた、破滅と救済の物語

【評】朝宮運河

書籍データ
二階の王
名梁和泉
KADOKAWA本体1500円+税

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 往年のオカルト映画『オーメン』を思い出してもらえば分かりやすいが、英米のホラーには聖書の「黙示録」を背景に、世界破滅の危機を描いた作品がいくつもある。

 こうした作品は当然、舞台がキリスト教国であることが大前提だから、そのまま日本に持ってきて展開するのは難しい。現代日本を舞台に、しかも相応のリアリティをもって『オーメン』風の世界破滅ホラーを描くのはなかなかにハードルの高いことなのだ。

 第二十二回日本ホラー小説大賞優秀賞に輝いた名梁和泉氏の『二階の王』は、この高いハードルに真っ正面から挑み、見事にクリアしてみせた快作である。キリスト教の土壌がないなら、それに代わるものを作ってしまえばいい、とばかりにオリジナルの神話世界を紡ぎあげた壮大なイマジネーションに、妄想すれすれともいえる設定をリアルな物語に落とし込んだ筆力に、読者はきっと目を瞠り、こう叫ぶことになるだろう。「ホラー界にすごい新人が現れた」と。

 物語を紹介しておこう。主人公・八州朋子には、六年以上も自室に引きこもったままの兄がいた。家族の誰とも顔を合わさず、部屋の前に置かれた食事をとって生きている兄の存在は、一家に暗い影を投げかけている。ショッピングモールの文具店で働く朋子には親しい同僚も気になる異性もいるのだが、兄のことだけはどうしても打ち明けられない。

 ひきこもりの家族をもった朋子の苦悩は、新聞やテレビで見聞きする類似のケースを連想させ、この物語がわたしたちが暮らす現実と地続きであることを意識させる。そのうえで、作者は超自然的な要素を少しずつ紛れ込ませてくるのだ。

 兄が階段を下りてくる時、家族への合図として鳴らすのはローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」。しかし、大音量の向こうに聞こえる足音は、本当に兄のものなのだろうか? しばらく会わない間にとんでもない姿に変わり果てているのでは? ひきこもりを出発点に、現実から非現実へとじわじわ軸足を移してゆくこのあたりの呼吸は絶妙で、作者のホラー心を感じて嬉しくなる。

 一方、物語は〈悪因研〉という風変わりなグループの活動も追いかけてゆく。グループのメンバーは、〈悪果〉と呼ばれる異形のモンスターの存在を、視覚や触覚、嗅覚などで感じ取ることができる特殊能力者たちで、いずれも元ひきこもりである。

 東京中を歩きまわって〈悪果〉を探索している彼らのよりどころは、異端の学者・砂原岳彦が著わした『侵攻者の探索』なる書物。世界を破局に導く異界の存在〈悪因〉と、それが生み出した〈悪果〉の脅威を説いたこの本はもちろん架空のものだが、なみなみならぬリアリティをもって、作品のバックグラウンドをなしている。

 朋子の物語と〈悪因研〉の物語は、少しずつ重なり合いながら進行し、後半において一本の流れになってゆく。その焦点となるのは、タイトルにある「二階の王」の存在だ。世界を滅ぼそうとする者、それを防ごうとする者たちが朋子の周辺に現れ、閉ざされた二階は世界の運命を左右する場所となる。

 さまざまな形状の〈悪果〉がゾンビ映画さながらに大挙して町を埋め尽くすクライマックスは圧巻で、作者が幻視の文学者であることをあらためて印象づける。その果てには、伏線が見事に回収されるサプライズな結末が用意されているので、どうか期待していただきたい。現実と神話の世界がつかの間結びついたかのような崇高なエンディングは、本を閉じた後もしばらく胸から去らなかった。

 本作がデビュー作となる名梁氏は、今後どんな作品を書いてくれるのか。個人的には、現実に立脚したモダンホラーはもちろん、イマジネーションの翼をどこまでも広げたファンタジー作品も読んでみたいと思った。ホラーと幻想文学の愛好家として、幻視の作家・名梁和泉氏の誕生を心から祝福する。

あさみや・うんが 書評家

「本の旅人」2015年11月号より転載
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