なばり・いずみ
1970年東京都生まれ。明治大学卒。2015年『二階の王』で第22回日本ホラー小説大賞優秀賞を受賞し、デビュー。
受賞の知らせを受けて
——まずは日本ホラー小説大賞に応募したきっかけからお聞かせください。
名梁 五年ほど前に初めて応募した作品で、たまたま一次選考を通過したんです。それで「これはひょっとすると」とあらぬ期待を抱きまして(笑)。今回まで投稿を続けてきました。
——創作活動はいつ頃から?
名梁 中学生の時、文芸部に所属していたので、書くことに興味はあったんです。でも遊んでばかりで、ほとんど作品は書きませんでした。それから二十年くらいブランクがありまして、社会人として仕事をしていく中で、ぽつぽつと文章を書くようになりました。誰に見せるつもりもない文章が、少しずつ小説の形になっていったという感じです。
——受賞の知らせを受けてのご感想は?
名梁 とにかく驚きました。作品を投稿した後は、落ちた時のダメージを軽くするために、きっぱり忘れることにしていたんです。ネットで途中経過も見ていなかったので、お電話をいただいた時は、一瞬何のことだか分からなかったですね(笑)。しかも、受賞の知らせをいただいた翌日、妻から「赤ちゃんができた」と知らされて。いろんなことが同時に起こりすぎてパニックになりました。
荒唐無稽な話を納得させるリアリティ
——受賞作『二階の王』は、この世に破滅と混沌をもたらす存在〈悪因〉の脅威を、壮大なスケールで描いた物語です。大胆な発想は選考委員の皆さんも絶賛でした。
名梁 わたしが一番影響を受けているのは、スティーヴン・キングなどのモダンホラーなんです。だからどうしても話のスケールが大きくなるし、登場人物も多くなる。そういう書き方は最近あまり流行らないのかな、と感じていたので、そこを評価していただけたのはすごく励みになりました。
——この作品では「ひきこもり」という現代特有の問題が、とても重要なモチーフになっています。ひきこもりを取りあげたのはなぜですか?
名梁 異世界からやって来た〈悪因〉が世界を滅ぼそうとする、というのは言ってしまえば荒唐無稽な話ですよね。それを読者に納得してもらうには、きちんとリアリティがあって、現代を感じさせる物語が必要だなと思ったんです。ひきこもりには以前から関心があって、文献もいくつか読んでいたので、こちらも書いてみたいテーマでした。
——二階の部屋に引きこもって、何年間も姿を見せない兄。主人公の朋子はそんな兄の存在を、親しい人にも打ち明けることができません。ひきこもりの家族を持った朋子の悩みがリアルに描かれていて、序盤から引きこまれました。
名梁 ひきこもりを描くからには、本人だけでなく家族の目線もしっかり書かなければいけないなと思いました。実際に苦しんでいる方がいるデリケートな題材なので、できるだけ偏らない立場で、読者に共感してもらえるように書いたつもりです。
——異世界から〈悪因〉と呼ばれる存在が降ってきて、〈悪果〉という異形のモンスターを生み出す。この魅力的な設定は、名梁さんのオリジナルですか。
名梁 そうです。日本はキリスト教の土壌がないので、海外ホラーのように悪魔の脅威を描くことは難しいですよね。この作品も当初悪魔っぽいものを出していたんですが、空々しい気がしてやめました。といっても、東京出身のわたしには、土俗的怖さもハードルが高い。そこでいろいろな宗教や神話を織り交ぜた、オリジナルの設定を作ることにしたんです。
——そうした設定を読者に伝えてくれるのが『侵攻者の探索』という架空の研究書です。砂原岳彦という異端の学者が著したことになっているこの本、あやしいムードがたまりません!
名梁 〈悪因〉〈悪果〉という設定を分かりやすく、外側から説明してくれる存在が必要だなと思って、あちこちに引用しました。砂原という学者は、実はかつて書いた作品にも登場させたキャラクターで、使えそうなので再利用することにしたんですよ。
——朋子のストーリーと並行して、〈悪因研〉という元ひきこもりのグループの活動が描かれます。特殊な力をもったメンバーが〈悪因〉の秘密を探りだそうとするこちらのパートは、スリリングでよりエンタメ度が高いですね。
名梁 日常生活では低く見られている若者たちが、特殊な能力を使って強大な敵に挑んでいく。ある種、エンタメの王道パターンですよね。朋子視点のパートは、じわじわと恐怖が積み重なってゆくという感じなので、〈悪因研〉のパートではエンタメの王道を意識してみました。
——彼らが感知するのは、人間に交じって暮らしている〈悪果〉と呼ばれるモンスターです。その感知の方法が、視覚だったり、触覚だったり、嗅覚だったり、メンバーごとにばらばらなのが面白い。
名梁 「群盲象を撫でる」ということわざがありますよね。巨大な象を一人一人が撫でていても、全体のイメージはつかめない。〈悪果〉もそんな描き方をしたかったんです。それが物語の途中から見えるようになれば、怖がってもらえるんじゃないかなと。
これまで読んだことがないパターンの展開を
——兄のひきこもりに悩んだ朋子は、ウェンディゴハウスというNPO法人に助けを求めます。この辺から物語は加速してゆきますが、このNPOからやってきた男があやしいんですよね。
名梁 どう考えてもあやしいですね(笑)。しかも名前が「伊高」ですから(編注・クトゥルフ神話に登場する風の邪神「イタカ」を連想させる)。ホラー小説が好きな方なら、この段階でおやっと思っていただけると思います。
——思わず叫んでしまいました。先行する某ホラー小説と、ひそかに世界観を共有しているんですね。
名梁 まったくのオリジナルな設定なので、せめてこの部分だけでも先行作品に依拠しておこうかなと。気づいた人にはなるほどと思っていただければいいですし、もちろん気づかなくても、まったく問題なく楽しめるようになっています。
——二階に引きこもっているのは何者なのか、という謎には、早い段階で答えが出ますよね。その展開の早さも印象的でした。
名梁 読者の皆さんもこれまでいろんなエンタテインメントを読んできて、お約束のパターンを呑みこんでいると思うんです。そういう方にも「こう来たか!」と驚いてもらえるよう、あえて普通の逆を行くような展開を持ってきています。二階にいるのは何者なんだろう、という不安で引っ張るのではなく、別の角度でびっくりしてもらえるように、随所にひねりのある展開を心がけました。
——ラストの一連の流れには驚かされっぱなしでした。
名梁 だとしたら嬉しいです。これまで読んだことがないパターンだ、と感じてもらえれば本望ですね。
——作者として、ここは怖いぞ、と自負するシーンはどこですか?
名梁 それまで見えなかった〈悪果〉の姿が、〈悪因研〉のメンバーの目にはっきり見える、というシーンです。視覚的にもインパクトのあるシーンになったと思うので、ぜひ注目してみてください。〈悪果〉が大挙して町を襲うクライマックスも、シュルレアリスムの絵画のようで、書いていて楽しかったです。
——お話を伺っていると、名梁さんはホラーのパターンにすごく意識的ですよね。
名梁 それは世代的なものかもしれませんね。わたしが子供の頃は、お昼のロードショーでしょっちゅうホラー映画をやっていました。学校から帰ってきて、パンを食べながら、ズタズタのホラーを観るみたいな(笑)。ホラーの王道パターンはそれで自然と身についたのだと思います。
——さっきスティーヴン・キングの名前が出ましたが、影響は大きいですか?
名梁 大きいですね。これも世代的なものですけど、新しい翻訳が出るたび貪るように読んでいました。最近、自分の小説を本にするために読みかえしていて、あらためて自分はキングが好きだったんだなあと実感しました。
——ちなみにペンネームの由来は?
名梁 以前書いていたものに、女性視点の作品が多かったんです。それもあって男女どちらともつかない名前がいいなと。あとは単純に音の響きです。
——デビュー後はどんな作品を書いていきたいですか?
名梁 『二階の王』は自分の書きたいと感じるものの中から、ホラーの枠組みに合う部分を抜き出した感じなんです。今後はホラーはもちろん、その枠からはみ出した部分にも、機会があれば挑戦していきたいと思っています。
——今後も壮大なスケールの作品を期待しています!
取材・文|朝宮運河 撮影|ホンゴユウジ
「本の旅人」2015年11月号より転載
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